940万円の人数カウンターを、M5StickCPlus2とPIRセンサーで代替する挑戦 ~屋外施設の来訪者カウントシステム開発記~

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940万円の人数カウンターを、M5StickCPlus2とPIRセンサーで代替する挑戦 ~屋外施設の来訪者カウントシステム開発記~

はじめに:ある日の相談

「今までの事業者は、目視人数の3倍にして報告してるんです」

この言葉を聞いたとき、私たちは一瞬、意味がわかりませんでした。

埼玉県内で公共施設を管理する事になったクライアント様からのご相談でした。行政が所有する屋外施設の利用者数を把握する必要があるものの、現在の指定管理者は現場スタッフが目視でカウントした数を「おおよそ3倍」にして報告しているとのこと。

「だって、全員を数えるなんて無理ですから」

確かに、屋外施設では出入り口が複数あったり、スタッフが常駐できなかったりと、正確な人数把握は困難です。しかし、指定管理報告書や施設の利用状況報告には「それなりに信頼できる数字」が必要。この超アナログで曖昧な状況を、なんとか改善したいというのがご要望でした。

既存システムを調べてみると…

まず私たちは、市場にある来訪者カウントシステムを徹底的に調査しました。

高機能・高価格帯の製品

屋外での長期運用に対応した本格的なシステムとして、フランスのエコカンタ社製「PYRO EVO(パイロEVO)」がありました。赤外線パッシブセンサーを採用し、IP68の完全防水、リチウム電池で約2年駆動、4G回線でのデータ自動転送にも対応。日本の観光地や登山道でも導入実績があり、精度も±5〜8%と信頼性が高い製品です。

ただし、価格は約940万円

行政向けの予算規模を考えると選択肢にはなりますが、「試験的にまず導入してみたい」という今回のニーズには合いません。

中〜低価格帯の製品

Amazonや楽天で購入できる製品も調査しました。

  • カウンター付きセンサーチャイム(MNCR-SC):約2,000円。光センサー式で手軽ですが、屋外での使用は想定されておらず、防水機能もありません。
  • 楽々人数カウンター:約23,000円。赤外線感知式で最大16メートル幅に対応。しかし、こちらも基本的に屋内向け。
  • ナンニンダーシリーズ(CN1001):約43,800円の国産製品。光センサー式でUSB記録にも対応していますが、やはり屋外の過酷な環境での長期運用には不安が残ります。
  • TAKEX製 CNT-8S:約21万円〜33万円。業務用8チャンネルカウンターで高機能ですが、配線工事が必要で、電源のない屋外施設には向きません。

クライアント様は実際に3万円程度の屋内向け製品を購入して屋外で試されたそうですが、「雨で壊れた」「実際には通過しているのにカウントしないことが多い」という結果だったとのこと。

「試作レベルでいいので、作ってもらえませんか?」

既存製品の調査結果をお伝えすると、クライアント様からこんな言葉をいただきました。

「940万円のシステムの機能をすべて満たす必要はないんです。屋外で、ある程度の精度で、データを記録できて、あとで確認できれば。試作レベルでいいので、もっと安く作れませんか?」

私たちは考えました。必要な機能を絞り込めば、マイコンボードとセンサーの組み合わせで実現できるのではないか。

そこで提案したのが、M5StickCPlus2PIRセンサー(SR602)を組み合わせた独自システムの開発でした。

M5Stack社のM5StickCPlus2は、ESP32マイコンを搭載した超小型デバイス。WiFi接続機能、液晶ディスプレイ、バッテリーを内蔵しながら、数千円で入手できます。これにPIR(受動型赤外線)センサーを組み合わせれば、人の通過を検知するシステムが構築できるはずです。

開発の始まり:まずは基本機能から

開発は、シンプルな機能から始めました。

「人が通ったらカウントアップして、ボタンを押したら画面に表示する」

これだけの機能でも、現場で使えるかどうかを確認する必要があります。M5StickCPlusにPIRセンサー(SR602)を接続し、検知するたびにカウントを増やす。画面は普段は消灯しておき、M5ボタンを押したときだけ5秒間表示する。バッテリー消費を抑えるための工夫です。

試作機をラボで試してみました。

最初の壁:ノイズとの戦い

翌朝確認すると。

「一晩置いておいたら、826カウントになってしまったw」

誰も通らない夜間の部屋で、826回もカウントされている。明らかに異常値です。もはやホラーです。

原因を調査すると、いくつかの要因が見えてきました。

  1. センサーケーブルのノイズ:PIRセンサーとM5StickCPlusをつなぐケーブルが長すぎると、電気的なノイズを拾ってしまうかも。
  2. 環境要因:エアコンの風や温度変化、さらには設置場所独自の静電気なども誤検知の原因かも。
  3. センサーの特性:SR602は感度調整ができない固定式のセンサー。HC-SR501のようなボリューム付きセンサーとは異なる対応が必要。

引き続き、検証を重ねました。ケーブルを10cm以内に短くする。EMIシールドテープで配線を保護する。さらにソフトウェア側でも、複数回連続でHIGHを検出した場合のみカウントする「ノイズフィルタ」を実装。

そして、再度テストをしてみると、

「断熱ケースの中にセンサーだけ入れて1時間試したら、カウント0になりました!」

テスターからの報告に、ようやくハードウェアの問題がざっくりクリアできたことを確認できました。

新たな要望:「電源が落ちても、データを残したい」

次にいただいた要望は、データの永続化でした。

「バッテリーが切れたり、何かの理由で電源が落ちたときに、それまでのカウントが消えてしまうのは困ります」

なるほど、そりゃそうですよね。屋外での運用を考えると、予期せぬシャットダウンは十分にあり得ます。ESP32の不揮発性メモリ(NVS)を活用して、カウント値と最終カウント時刻を保存する機能を追加。再起動後も、前回の値から継続してカウントできるようになりました。

WiFi接続とGoogleスプレッドシート連携

「できれば、データをクラウドに送って、あとからパソコンで確認したいんです」

出来る事が安定化すると、色々と欲が出てくるもので、これは大きな機能追加でした。M5StickCPlus2のWiFi機能を活用し、Googleスプレッドシートにデータを送信する仕組みを構築。Google Apps Scriptを使えば、複雑な認証なしでデータを追記できます。

ただし、ここでも課題がありました。

「WiFiの電波が届かない場所で使うことが多いんです」

そこで考えたのが、ON Grid / OFF Grid モードの概念です。

  • OFF Grid モード:WiFiが使えない環境を想定。M5ボタンを押したときだけWiFiに接続し、データを送信。普段はWiFi OFFでバッテリーを節約。
  • ON Grid モード:電源とWiFiが常時使える環境向け。毎日決まった時刻(例:7時、12時、18時)に自動でデータを送信。

さらに開発中の検証用として、テストモードも追加。カウントアップするたびに即時送信することで、システムの動作確認が容易になりました。

最終的には、Google スプレッドシートから、Airtableに連携先を変更しようと考えています。

センサーへのこだわり

人感検知の要となるPIRセンサーについても、複数メーカーのモジュールを比較検証しました。Amazonなどで調達できる安価な汎用モジュールは、環境温度の変化による誤検知が多く、感度ムラや個体差が大きいことが判明。一方、パナソニック製PIRセンサーは、データシート上のばらつきが小さく、ノイズ対策や温度補償を含めた総合的な安定性が高く評価されています。実際の比較でも「誤検知の少なさ」「人数カウントの再現性」で最も信頼できると判断しました。

最終ターゲットとして選んだのは、パナソニックのPaPIRsシリーズ「EKMB1107113」です。約7m検知距離と110°×110°の広い検出角度を持ちながら、待機時消費電流は約1µAと極めて小さく、バッテリー駆動に最適。独自のスリット構造による高感度・低ノイズ設計で、個体差や温度変化の影響を抑えた安定検出が期待できます。

現時点では調達性に課題があるため、SR602で検出ロジックやアルゴリズムの検証を進めつつ、入手性が改善次第、EKMB1107113を本番機向けセンサーとして採用する計画です。

完成したシステム

最終的に完成したシステムの主な機能は以下の通りです。

ハードウェア構成

  • M5StickCPlus または M5StickCPlus2
  • PIRセンサー(SR602 もしくは HC-SR501)
  • 短いシールドケーブル(10cm以内推奨)
  • 防水・除湿ケース
  • ソーラー給電(オフグリッド環境)

主な機能

  • 人の通過検知とカウント
  • ノイズフィルタリング(複数回確認方式)
  • 不揮発性メモリへのデータ保存
  • WiFi経由でのGoogleスプレッドシート連携
  • ON Grid / OFF Grid / TEST の3モード対応
  • バッテリー残量表示
  • 現在時刻・最終カウント時刻の表示
  • NTP時刻同期(複数サーバー対応)

設置場所ごとの識別

  • デバイス固有ID(MACアドレスベース)
  • 設置場所名(プログラムで設定可能)

940万円のPYRO EVOと比較すれば、防水性能や通信の冗長性、長期間のバッテリー駆動など、及ばない点は多々あります。しかし、「試作レベルでまず使ってみたい」というニーズに対しては、十分に応えられるシステムになったと考えています。

おわりに

今回のプロジェクトで改めて感じたのは、「現場の声を聞く」ことの大切さです。

最初の相談は「人数をカウントしたい」というシンプルなものでした。しかし、対話を重ねる中で、ノイズ対策、データの永続化、クラウド連携、複数環境への対応と、必要な機能が明確になっていきました。

一つひとつの要望に対して「なぜそれが必要なのか」を確認し、最適な解決策を一緒に考える。このプロセスがあったからこそ、現場で本当に使えるシステムが完成したのだと思います。

信濃ロボティクスイノベーションズ合同会社は、長野県信濃町のノマドワークセンターを拠点に、「田舎テック」を掲げて活動しています。

これまでも、農家さんの草刈り負担を軽減する自動運転草刈り技術の実証実験、蕎麦の最適収穫時期を推定する温度管理システム、観光施設向けのAI回答システム「Symphony Base」など、地域の課題に寄り添った開発を続けてきました。

都会では当たり前に手に入るソリューションも、田舎では選択肢が限られる。かといって、数百万円のシステムを導入する予算はない。そんな「ちょうどいい解決策」を、私たちは一緒に考えます。

「こんなこと、相談してもいいのかな?」

そう思われたら、ぜひお気軽にご連絡ください。田舎の課題を、テクノロジーの力で、一緒に解決していきましょう。

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